耳を塞ぎたくなるような金属音が一瞬。
刀は宙を舞い、勝永の足元に突き立てられた。
無音。
ふと勝永が顔を上げれば、いつもの如く微笑む幸村がいる。
ほんの数分前、実際は数秒前だったのかもしれないが、強打された勝永の頬に、ピリリと電流が流れた。
勝永は顔を歪めたがそれは余計に痛みを増すだけだった。
「あーもーなんで勝てないんだよ?!」
床板を踏み割るが如く地団太を踏む勝永。
その頬は少し赤く腫れ上がり始めていた。
心底悔しそうにしている彼を見つめて、一部始終を眺めていた二人が即座に二発。
「弱いからだろ」
「弱いからで御座いましょう」
「オレいじめ反対!」
盛親と全登からの言葉が直撃した勝永は大袈裟にふてくされて見せた。
罵倒を惜し気もなく浴びせるあたり、本人は言われたとしても然程気にはしないのだろうという考えが二人にはあった。
それは浴びせられた本人もわかっていたので大袈裟に振舞って見せる。
とはいえ、微塵も揺るがないのかと問われればそれは断固として否、と勝永は答えるだろう。
数拍置いて。
やり取りを聞いていた大坂唯一の良心、重成が頃合を見計らって問うた。
その疑問というものはどうやら試合が始まった当初から用意していたものであったらしい。
長い事もの言いた気な表情をしていたなと又兵衛は表情を緩めた。
「勝永殿は、どうしてそんなに勝ちたいんです?」
「よくぞ訊いてくれた!」
待ってましたと言わんばかりに勝永は振り返る。
輝かんばかりの表情と発言はまさに年齢不相応だった。
「幸村に絶ッ対ぎゃふんと言わせてやるんだ!」
ぎゃふん。
その言葉に重成はきょとんとし、半ば無意識に又兵衛に視線を向けた。
受けた又兵衛はこれまた視線を隣にいた幸村に移した。
「だ、そうだが?」
丸投げか。
と思わず幸村は零しそうになる。
勝永の文句には無関心といった様子の幸村だったが、注目の的となった居心地の悪さに耐えられなくなり、やがて静かに
「・・・ぎゃふん」
と一言。さらに、これで満足かという視線を加える。
けれど受け止めたその相手は眉を歪めて、肩を落とした。
「いや、そうじゃなくて。ってかすげーオレの事馬鹿にしてる」
「そんなこと、ない」
「その目が責めてる!」
「・・・」
「何が気に食わないんだ」
まるで子供をあやす様に、また呆れた目で又兵衛は肩をすくめる。
そのまま視線をちらと幸村に向ければ、彼は大層冷ややかな眼差しを勝永に向けていた。
「だからさぁ、」
もどかしそうに勝永が説明しようと息巻くと、幸村があからさまに眉を顰めた。
「勝永殿、五月蝿い・・・」
「う。すいません」
吸った息も一瞬で凍る。
金属を擦り合わせたような音を耳聡く聞いて勝永はしおしおと沈黙した。
重成が困ったように笑い、慰めようと近付く。
その時。
「あの、」
全登の横から声が上がる。
「次、お相手願えないだろうか」
「・・・どうぞ」
おずおずと大きな体格に似合わず控えめに挙げられた手を見、幸村は今までのやり取りなど無かった事の様に微笑んだ。
静寂が辺りを覆う。
張り詰めた空気は息さえも儘ならず、それは傍観者であっても同じだった。
刹那、空気が唸る。
唸り声は鋭く、また同時に金属音が鳴り響く。
その度、
火花散らして刀が止まった。
削り取るような軋みに刀が悲鳴を上げる。
構うものか。
盛親は更に力を込めた。
ちらと視線を僅かに動かせば、相手と目が合う。
半ば条件反射。
弾ける様に己も相手も一歩跳ぶ。
瞬間。
刀が折れるのを厭わず、思い切り打ち込む、
ふりをした。
出来た一瞬の隙。
体を縮こませ相手の首目掛け一気に伸びる。
もらった。
そう思った刹那感じる浮遊感。
盛親の視界に天井が入る。
否。
床だったかもしれない。
そのまま暗転。背筋に鈍痛。
一瞬で盛親が目を覚ませば、そこにはにこりと微笑み見下ろす姿。
何が起こったのかも不明瞭なままで盛親は呆然と幸村を見返していた。
「盛親殿。負け、です」
「・・・あ」
幸村の一言を合図に、緩んだ手の平から刀が静かに滑り落ちた。
この二人の手合わせは、
惜しい所までいったと言えるだろう。
ぽかんと盛親は幸村を見上げたまま仰向けに倒れていた。
滑り落ちた刀の音で我に返る。
落ちた刀は幸村の手に拾われ、刀は微笑みと同時に差し出された。
それは起き上がった盛親の元に再び納まり、また微笑みも返された。
まさに清純。
音は無くとも言葉は交わされていた。
これで勝永と盛親は敗れたこととなり、勝永は不服そうに腕組みをした。
わざわざ声に出して言うでもない事をわざわざ声に出す。
「盛親は負けて当然として。次誰か」
その言葉に当然盛親が突っかかる。
発言者自体の所為もあった。
「当然、だと」
「ホントのことじゃねぇか」
勝永は負けじと盛親を睨み返す。
どうにも、この相手には負けたくないという心情がお互いにはあった。
「貴様には言われたくない」
「んだと」
「文句でもあるのか」
「あるにきまってンだろがよ」
今にも真剣勝負を始めてしまいそうな勢いに又兵衛が割って入る。
その背から重成が心配そうに見つめていた。
「こら。餓鬼か」
宥める間に、又兵衛の視界の端で残念そうにする全登が見えた。
未だ睨み合いを続ける二人を抑えながらも、彼のため息は深く吐かさざるを得なかった。
何を言う気力も無い。
たとえ気力があったとしても、又兵衛は口先で全登に勝てるとは思えなかった。
そこに救いの声がかかる。
「もう一回、勝負してみたらどうですか」
ちょこんと又兵衛の真横まで来、重成は苦笑していた。
そのまま幸村に体を向け、良いですよね?と声を掛ける。
彼が頷くのを見、重成はにこりと笑った。
ほら、と言わんばかり。
静かに窘められた気がして、盛親と勝永はどちらが先ともなく視線を逸らした。
その時。
重成の提案に全登もぽむと手を打ち同調する。
「負けた方がぎゃふんとなれば良いのですよ」
その顔は実に楽しそうで。
言い終わるや否や、
ひょこひょこと幸村に近付いていった。
その様子に幸村が小首を傾げると、人差し指を口元に当て、全登はにこりと笑った。
何人たりともこの会話を聞くことが無いように、と耳元に顔を寄せて全登が何事かを囁くと、幸村が少し擽ったそうにした。
その後方で。
勝永が恨めしそうに完璧傍観者だな、と呟いた。
それはまぎれもなくあの切支丹に向けられたもので。
この時は盛親も微かに頷いた。
ひょっこりと稽古場の入り口に現れる人物。
重成を探しに来た様子だった。
が、
目の前の光景に瞬きをしては袖で目を擦ってみる。
自分が思うに珍しい光景である、と。
全登は時折我慢ならないといった風に噴き出し腹を抱え、重成はいそいそと道具箱から包帯やらを次々と取り出している。
盛親はというと、呆れたような冷ややかなものを目に湛えただ眺めていた。
しかし己の目を擦ったとしても状況は変わらず。
またぎゃふんだか何だか奇声が彼の耳に入ってきた。
腕組をし、首を傾げた。
耳掃除はこの間したばかりだ。
仕方ないので、入り口に座り込む又兵衛に治長は声を掛けた。
すでに治長の存在に気付いていたのか又兵衛は、おう、と短い返事を寄越すのみで終わった。
「さっきから何奇声大会しとるんだ」
わけがわからないと疑問を口にすると又兵衛が頭のみ動かして治長を見やる。
「説明し難いな。まぁ、愉快な事この上ないぞ」
「あれがか」
よくよく見れば一人しか奇声を上げている者はいない。
再び首を傾げると又兵衛は掻い摘んで経緯を説明し、最後は中途半端に締め括った。
「ぎゃふんとは言葉も出なくなるような状態であると、全登が幸村に入れ知恵してな」
今のこの状況を見ればわかるだろうということか。
治長は改めて前方へと視線を投げる。
「滅多打ちにされているように見えるんだが」
呆れたように又兵衛を見返すと、彼も似た表情をしていた。
「行き過ぎたら、止めるさ」
「・・・そうか」
治長は少し、同情した。
この後暫く勝永は稽古場に現れる事が無かった。
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反転で呟き。
「ぎゃふん」について話してた時にふと。
すごく、くだらないなぁと思いつつも、練習兼ねてみました。
そしてこれが私の勝永ポジション、みたいな(酷
2009.5.27