竹中半兵衛は書物を読んでいた。
静かに。
まるで自分はそこに存在していないかのように。
引き込まれていた。
時折、何か騒がしいと感じる。
その回数が増えてきた。
その騒がしい声も増えてきた。
と、妙な音が聞こえた。
「・・・」
半兵衛は書物を静かに閉じると、これまた静かに部屋を後にした。
男二人がぎゃいぎゃいと広い台所を狭そうに使っていた。
周りには色々な道具や材料がころがっていた。
ぐつぐつと煮立つ鍋に何かを入れる。
その瞬間。
「ぎゃ!何しとるんじゃ官兵衛!」
「わっ」
秀吉が慌てて官兵衛の肩を掴んだ。
しかし時既に遅く。
ぼふん
嫌な臭いと妙な爆発音が周辺に響いた。
体勢を崩して二人はよろめき地面に倒れこんでいた。
「・・・臭ッ」
「目がッ」
二人はそれぞれに苦痛を味わう。
しばらくして臭いと煙が晴れて来た頃。
やっと動けると秀吉は力を込めた。
「どけっ」
ごろりと官兵衛を押しのけると、立ち上がる。
「これはこう、こうせにゃいかんと言っとろーが!」
キラリと包丁片手に持ち、秀吉が言う。
起き上がる官兵衛は不満そうだった。
「恐れながら、これはそのままでこの薬味を」
「うっさい!お前の言うとおりにしたからああなったんじゃッ」
お前はこれをやれと、野菜を放り出された。
官兵衛は秀吉を怒らせてしまったと落ち込みつつも、じゃがいもを手に取った。
半兵衛が廊下を歩いていると、子供達が木刀片手に駆け回っていた。
「紀之介」
半兵衛は縁側にちょこんと座っていた子供に声を掛けた。
「あ。半兵衛様」
にこりと微笑んで紀之介はお辞儀した。
「皆、相変わらず元気が良いですね」
「良すぎるくらいです」
そろそろ佐吉はバテる頃ですが。
と紀之介は楽しそうに笑った。
半兵衛もくすりと笑う。
あ。
と紀之介は手を叩くと、半兵衛を仰ぎ見た。
「そういえば、先ほど台所のほうで変な音が致しました」
「変な臭いもしたぞ」
「・・・臭いはっ、しなかっただろ」
「いーや、した!」
いつの間にか市松と、縁側に倒れこむように佐吉が現れた。
「なっ?虎」
市松は後ろに来た虎之助を振り返る。
「さあ」
「・・・俺はしたよ、臭い」
虎之助は首をかしげたが、その隣の孫六はコックリ頷いた。
「だろーっ?ほれみろ」
味方を得たとばかりに市松は誇らしげに言った。
それを見て紀之介が笑った。
「二人して犬だね。便利だなぁ」
「ははっ」
虎之助まで笑うと、市松は一気に不機嫌そうに頬を膨らませる。
そして孫六の隣に素早く移動すると
「なんだよ馬鹿にしてんのか?!お前もなんか言ってやれよ!」
孫六を肘で小突いた。
小突かれた本人はゆったりと市松を見、虚空を見た。
「んー・・・。犬、好きだし」
「あ、そう」
のんびりとした答えに、市松は脱力した。
半兵衛はその様子をずっと眺めていた。
微笑を湛えて。
子供達の会話にひと段落ついたのだと判断すると、半兵衛は手を叩いた。
「さぁ、水分もきちんと取らなくてはいけません」
井戸に行けと示した。
約1名を除いて子供達はまた元気よく返事をして駆け出した。
ぼふん
また何か音がした。
半兵衛は、その場所を特定すると、少し歩調を速めた。
そして。
「で」
半兵衛はにっこりと、深く微笑んだ。
それが秀吉や官兵衛には恐ろしかった。
冷や汗を流す。
煤けた顔に混じって汗は黒く染まっていった。
「この有様は」
半兵衛はゆっくりと辺りを見回す。
ごみ屋敷かと思った。
心の中で半兵衛はため息をついた。
「・・・怒りませんから。お話下さい」
秀吉と官兵衛は気まずそうに顔を見合わせた。
最近半兵衛が部屋からあまり出なくなったそうで。
どこか具合が悪いのではないかということになった。
そこで秀吉は官兵衛を誘い、半兵衛に料理を振舞おうとした。
ここまでは半兵衛は正直に嬉しがった。
その気持ち、この上なく嬉しく思います。
と、珍しく照れた。
けれどもその手料理が。
なんともいえないもので。
二人して料理の心得なぞ微塵も持ってはいなかった。
けれどもなんとか形にはなったそうだ。
これまでの経緯を話し終わると、秀吉はおずおずと差し出した。
「半兵衛、わしら頑張ったんじゃ。一口でも食べてくりゃ」
斜め後ろで官兵衛はしきりに頷いていた。
その必死な様子に半兵衛は苦笑を洩らしつつも皿を受け取った。
そして一口。
「・・・」
二人が見つめていると、半兵衛はにこりと微笑んだ。
微笑みながら、皿を捨てた。
「あーーっ!!」
二人同時に叫ぶ。
「こんなもの、もはや食べ物とは言えますまい」
「こっ・・・こんなものとはなんじゃいッ」
目を潤ませながら秀吉は半兵衛を見た。
いささかこういった状況に慣れた半兵衛はそれを静かに受け止めた。
「味見はしましたか」
己に間違いは無いのだと、二人して味見はしなかったそうな。
「まったく」
半兵衛は呆れるが、ふと無事だった魚を見つけた。
官兵衛もそれに気づいた。
「半兵衛殿。貴殿なら上手く調理できるのか」
挑戦的な目をして官兵衛は見つめた。
当初の目的はもうどこにも無いようだった。
半兵衛は微笑を湛え答えた。
「わかりました」
その結果は。
「半兵衛・・・」
秀吉が弱弱しく呼びかけた。
「殿。言いたい事はわかっておりますよ」
「・・・」
官兵衛は無言で、魚だったものを見つめた。
「煮込むとおいしそうだと思ったのですが」
首をかしげる半兵衛に秀吉はぴしゃりと言った。
「生臭さが一層際立ったぞ」
「おやおや」
半兵衛はくすくすと笑った。
そんな時。
「あ」
黙っていた官兵衛が声を上げた。
まるで救いを求めるかのように。
「秀長!」
そう叫ぶと、こちらに背を向けていた彼が振り返った。
「お、小一郎!」
秀吉もこいこいと手招きをする。
何事かと秀長は数度瞬き、一歩前に踏み出すのを躊躇して、けれど秀長は台所に入った。
「・・・」
無言で見つめる。
主と軍師が何をしているのだと。
しかも、何か色々なものが散乱している。
秀吉は目を逸らした。
「小一郎。手料理を振舞ってはくれませんか」
半兵衛は、清楚な茶室にいるかのように佇んでいた。
「え・・・」
状況が把握出来ないらしく秀長は戸惑った。
おずおずと尋ねる。
「あ、あの」
「どうかしましたか」
「・・・こちらがそれを聞きたいんだが」
「確かに」
官兵衛が頷いた。
秀吉はもう開き直ったようで、
「えーからちょっとそこらので料理せえ。小一郎もいりゃちょっとは安全だで」
と、からから笑った。
「ふふ。流石です、殿」
半兵衛もにこりと微笑んだ。
「なるほど。秀長、もう逃げられないものと思え」
官兵衛は口端を軽く持ち上げた。
「・・・」
秀長は3人の妙な威圧を感じて、しぶしぶ無事な食材を探しだした。
そうして出来た結果は。
見た目はまず良かった。
ついでだと多少台所も片付けながら作業をした秀長に秀吉は関心し続けた。
そしてそれぞれ一口。
口に運んだ。
「うっ」
半兵衛がまず口元を押さえた。
次に官兵衛が箸を落とした。
そして秀吉は思い出した。
「そーいや、おみゃ、なんでも甘くしてたわな」
秀長は不思議そうな顔をした。
「兄上、美味しくありませんか」
「うーん・・・」
「そういえば半兵衛殿は甘いものがお嫌いでしたね」
「うん」
「美味しいのに、勿体無い」
阿呆、甘さの度が過ぎとるわ。
秀長には言えずに、秀吉はその言葉を飲み込んだ。
官兵衛がゆっくりと秀長の肩を掴んできた。
「秀長」
「はい」
「なにをどう入れればこう甘くなるんだ・・・!」
「えっ、うーん」
秀長は苦笑した。
その様子に秀吉は諦めろ、人のことは言えん、と官兵衛の肩を叩いた。
いつの間にかあの元気の良い子供達がねねに密告したらしく。
特に秀吉が、こっぴどく怒られることとなった。
そして同時に子供達の尊敬の眼差しは、
普段の生活では少し薄れた気がした。
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反転で呟き。
誰しも完璧ではない、と。
基本料理はねね任せな羽柴が希望です。
2008.5.24