「出丸を、造りたい」
勝永の前で幸村がポツリと呟く。
だが決して気弱そうには聞こえない。
決意を固めた呟きであった。
勝永が一呼吸置き、口を開く。
「内通の噂の所為か。あんなもの。気にする必要はないだろ」
実に穏やかとして言ったのだが幸村は視線を落としたままだった。
「・・・」
沈黙に包まれる。
気まずいと感じたのか、勝永が冗談めかして
「内通なんて、盛親の方が可能性あるんじゃねェの」
領地回復のために参陣してるらしいし。
自身で言っておいて盛親を思い浮かべたのか。
勝永は少し眉間に皺を寄せた。
「あの方は、そんな方には見えませんでした・・・」
「どうだか」
幸村の静かな批判に勝永はそっぽを向いて冷たく返す。
その視界にふと障子の隙間から外が見えた。
酷く寒々としていた。
「そういえば、出丸を造るのは治長も確か賛成していたな」
勝永の口調は穏やかに戻り、そして彼はゆっくりと視線を幸村に戻した。
幸村はこっくりと頷く。
「・・・受け持ちは、決まっていませんが」
「オレはお前が出丸を築くのには賛成する。何かあれば手伝うぜ」
言ってぱっと花が咲くように笑う勝永。
幸村は勝永に、感謝の言葉を添えて微笑した。
「幸村様」
部屋を辞し幸村が城外に出てみると、己の忍が膝を付いていた。
「・・・なに」
「出丸を築きます辺りになにやら材木が用意されております」
ちらと忍は幸村の顔を盗み見た。
幸村は彼に顔を向けようとはしない。
彼の表情は至って変わらず、無表情でいた。
しかししばらく思案していたようで、やがて幸村は口を開いた。
「使ってしまえ」
「なれど既に縄張りが行なわれているということは、」
「こちらが、手際良く始めてしまえば良い」
「は」
口答えするなと言わんばかりの冷ややかな視線を突きつけられ、忍は再び頭を下げた。
「用意が出来次第普請を開始致します」
言うや否や忍は姿を消す。
見届けて、幸村は軽くため息をついた。
視線を上げれば、澄み切った寒空が果てし無く続いていた。
幸村があらかじめあった縄張りを取り払い新たに縄張りを始めた。
そのことについて又兵衛は知ると不満を露にした。
しかし誰が己の縄張りを取り払ったのかは知らない。
このことを盛親は聞き及ぶと即座に治長の元を訪ねた。
偶然か。
勝永も治長と共にいた。
出丸に関する事は既に彼らの耳にも入っていた。
「どうするんだよおい!」
「そのようなこと言われたとてな、」
勝永がぐいと前に押し出れば、汗かく勢いで困る治長。
治長までもが立腹するかと思われた時、盛親が間に入るように疑問を押し込む。
「目をつけたのはどちらが先だろうか」
その疑問に勝永は身を引き、腕を組んだ。
「ほぼ同時に目をつけたんじゃないか?」
「受け持ちを決めておくべきであったな・・・」
治長は小さくすまん、と呟いた。
「しかしどうするよ」
勝永が困ったように頭を掻く。
悩んでいる事は盛親と共通しているようだった。
「あの二人はあまり仲の良い雰囲気では無かったように見受けられたが」
「お互い意固地な所があるからなぁ」
ため息をつき、二人が黙り込む。
治長も腕を組んで眉間に皺を寄せた。
「普請の早さを見るに、真田を諦めさせるのは無理だろう」
「じゃあ誰が又兵衛の所へ行くんだよ」
「・・・」
勝永の言葉が二人に直撃する。
誰もうまく又兵衛を丸め込む方法に見当が付かなかった。
沈黙が辺りを包む。
やがて。
思い出したように治長が手を打った。
「そうだ。あれが居る」
「あれとは?」
俄かに輝き始めた治長に盛親が首を傾げた。
「明石全登だ」
「・・・ああ、あの切支丹か」
「呼んで来よう」
勝永が納得して頷くと、すぐさま治長は使いを出した。
そうして。
全登が呼ばれ三人の前に現れた。
事情を話し終わるや否や彼らは口々に全登に頼み込む。
「後藤をなんとか宥めてきてくれ」
「頼むよ、な?」
「貴方だけだ。彼に意見出来るのは」
人間そういわれて悪い気はしない。
全登は、
「受け賜りましょう」
微笑と共にひとつ頷いた。
ぴたりと閉じられた襖。
外側にいても微かに感じるピリとした空気。
全登は一度深呼吸する。
そして勢いよく襖を開け放った。
一歩踏み出し一言。
「又兵衛殿、失礼致しますよ」
「・・・入ってきてから言うのか」
驚きと呆れが混じった表情をして又兵衛が全登を見やる。
敵意を向けられなかったことに幾分全登は安堵した。
それは又兵衛も同じであったが。
向けられた言葉に返答せず、全登はいきなり切り出した。
「実はですね」
「わかっておる」
即座の返答に全登は不思議そうにした。
「と、いいますと?」
「平野口のことだろう」
「御名答」
淡々と答える又兵衛に全登はにこりと笑って見せた。
彼の表情は変わらず無愛想に全登に向けられていたが。
「誰が儂の縄張りを奪った」
「真田左衛門佐殿に御座います」
「あやつか。・・・尚更堪忍ならん」
「おや、何故でしょうか」
わざとらしく尋ねられたその口調。
又兵衛は気に入らなかったのか、全登を睨み据えたがすぐに視線をはずした。
しかし返答しない事はしなかった。
「人が眉を顰め陰口をきこうと知ったことではない」
突然何を言うのか。
思うと同時に、
「実にあなたらしい」
噴き出すように笑う全登に、流石に又兵衛も顔を緩めた。
そのまま又兵衛は言葉を続ける。
「信じてもらいたい奴に理解されておれば良いと儂は思っておる」
そう言って互いに視線がかち合えば、
「・・・わからなくもありませんよ」
全登は笑いを収め穏やかな表情に戻った。
彼の脳内に、陰口を気にしないではおれない幸村の姿がよぎる。
「そうか」
全登の返答に満足そうに又兵衛が頷いた。
その表情を見て全登は表情そのままに話題を切り替えた。
「さて、又兵衛殿は以前より丸くなったかと思いますが」
「以前?」
又兵衛の問いかけに全登ははい、と頷く。
「黒田家に匿って頂いた頃、あなたを御見受け致しました事が御座います」
「関ヶ原の後、か」
「ええ」
「儂は何も変わらん」
とたん視線をはずす又兵衛に全登は苦笑した。
「幸村殿は、どうして出丸に拘っていると思いますか」
「名を知らしめたいのではないのか」
再び話題を変えた全登に半ば投げやりに返答する又兵衛。
出丸の話はもうよいと言った風だった。
「そういえば幸村殿には御兄弟がいるとか。大坂には見た所おられませんが」
「・・・。何が言いたい」
又兵衛は多少不満そうに全登を見つめる。
だがそれを軽やかに受け流し、
「ただ、御兄弟はどうしておられるのかと、ね」
僅かに小首を傾げ、全登はまた微笑する。
又兵衛は視線だけを落とし、軽く息を吐いた。
日は変わり。
大坂城の南東側。
唯一の弱点と言われた篠山がすぐに見える平野口。
そこに出丸普請が始められた。
はじめに縄張りを行なっていたのは又兵衛であった。
だが誰の縄張りだかわかろうと、幸村に譲る気持ちは毛頭無い。
「幸村様」
また忍の声が降って来る。
幸村は視線だけを忍に向けた。
「あちらに、後藤殿がおりますが」
若干の不安な表情から、現在の又兵衛の心情が伝わる。
「・・・」
視線を前に戻すと、幸村は何も答えずに歩き出した。
忍がそっと後に続く。
会うや否や、
「貴様。儂の縄張りを捨て勝手に普請し始めたようだな」
鋭く睨み付けるその顔はまさに歴戦の猛将の風格を漂わせていた。
幸村は負けじと見つめ返す。
「・・・勝手にでは御座いません」
「儂は治長から許可を取っておる」
「先ほど、存じました」
「・・・」
無言の睨み合い。
やがて幸村が沈黙を破る。
「御覧下さい・・・」
と、彼はすっと手を伸ばし又兵衛はその先に視線を向けた。
彼の手の先には慌しく働く者達。
そして出来上がりつつある出丸があった。
「これを破却し、新たに普請し直すなど、愚者が行なうこと、です・・・」
確かに道理。
と又兵衛は唸るようにひとつ頷いた。
「・・・幸村に、御譲り下さい」
うすく幸村が微笑む。
その顔が酷く偽物のように又兵衛には感じられた。
「気に食わんな」
思わず付いて出た言葉。
取り消すことも無く、
そのまま言い捨てて又兵衛はさっと踵を返し立ち去っていった。
後には僅かに驚いた表情の幸村が残る。
と、
「消しますか」
ぶらりと手に構えた苦無。
それをチラつかせて忍が又兵衛を睨み付けていた。
小さくなる又兵衛の背を幸村はもう一度見やり、
「・・・だめ」
呟くと同時に幸村は忍の持つ苦無をするりと抜き取った。
そのまま忍の背後に回る。
忍が何をするのかと振り返る刹那。
その首にひやりと苦無が当てられた。
「お前が消されるよ、六郎」
忍が横目の端で見た主君の顔にはひどく穏やかな微笑が湛えられていた。
「でも少し、」
跡を付けろ。
幸村が発した瞬間、苦無ごと忍は掻き消えた。
--------------------------------------
反転で呟き。
「大坂の陣絵巻」様に掲載されておりましたネタを元に歪め歪め書き上げてみました。
2008.12.2