帰り道がわからぬようだな。
ついて来なさい。
なに、取って食いはせぬ。
夕暮れ時にふらりと現れたその男。
供を連れなかった事を後悔し始めた矢先であった。
仙丸には彼が何者かはわからなかったが、信用しても良いと頭のどこかで声がした。
優しく差し出された手を仙丸は迷うことなく取る。
瞬間。
人間にしてはやけにつめたいと不思議に仙丸は思った。
そうして見上げれば、男がにこりと笑った。
「ちちうえ、ただいま戻りました」
仙丸付きの家臣達が幼子の姿を見、すぐさま駆け寄る。
屈託無く満面の笑みを浮かべる仙丸に秀長は思わず力が抜けた。
日も暮れるというのに戻らぬ我が子をいかに憂慮していたことか。
高虎に支えられ、秀長は仙丸に近付く。
「・・・仙」
複雑な表情をする父の内を読み取ったのか、仙丸は申し訳ないといった様に身体を縮込ませた。
「申し訳ございません、ちちうえ。でも」
と、仙丸は視線を身体ごと背後へと巡らせた。
しかしその先には何者も居ない。
誰しもが首を傾げた。
「いない!」
幼子特有の甲高い仙丸の声が響く。
響くと同じに彼は秀長の手を振り切り外へ飛び出した。
辺りを見回せどもやはり何者も居ない。
秀長が追い付けば、仙丸は父の袖をそっと掴んだ。
「ちちうえ。ここまで案内してくれた者がいたのです」
酷く残念そうな表情で見上げる仙丸を秀長はそっと撫でた。
「そうか。もう帰ってしまったのかな」
「お礼がしたいから待ってて、って言ったのに・・・」
「仙丸の事を知っていたという事は、また会えるかも知れないな」
「ほんとうですか」
嬉しさに頬をほんのり紅潮させる仙丸の瞳は輝いていた。
秀長は再度彼の頭を撫で微笑む。
「さあ。母上も心配している。顔を見せておいで」
「ははうえのご病気はもう大丈夫なのですか」
「仏様の御加護で治ったのだろう」
「ほとけさま、」
何か引っ掛かる事があったのか、仙丸の様子に秀長は首を傾げる。
仙丸はというとちょっと考え込むようにしたがすぐにぱっと顔を上げた。
「きっと仙もそのご加護でぶじに帰れたのです」
にこと笑い、仙丸は母上の所へ行くと飛ぶように駆けて行った。
秀長は苦笑しつつもゆっくりと後を追う。
そのずっと後方。
白い狐が尾を翻して消え失せた。
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反転で呟き。
大和郡山のあの狐。
2008.12.19