子犬。





「又兵衛殿〜っ」

重成がぱたぱたと走ってきた。
槍の稽古を、広い道場のような部屋で行っていた又兵衛は、汗を腕で乱暴に拭うと振り返った。
そして凍り付いた。
「まっ待て重成そこで止まれ!」
ビッと手を突き出すと又兵衛は重成の腕の中にいるものを睨み付けた。
重成は驚きつつもキチンと立ち止まった。
そして首をかしげた。
「又兵衛殿?」
「・・・。重成」
「はい」
「その子犬はどこから」
「幸村殿のお部屋からです。お借りしてきました」
「何故だ」
「又兵衛殿は、まだ子犬を見ていないと聞いたもので」
可愛いでしょう、と重成は微笑んで抱えた子犬を前に出した。
又兵衛は一歩下がった。
「くーん、と大人しく鳴く上にいい子なんですよ」
重成は女中が見たら黄色い声を上げるような笑みを子犬に向けた。

「・・・」
先ほどから又兵衛と子犬は見つめ合っていた。
重成はそれが、又兵衛も子犬に興味を持っているのだ、と解釈した。
「又兵衛殿。抱っこするといいですよ」
ずいっと重成が前に出た。
「遠慮する」
「そんな、遠慮せずに。ふわふわして、暖かいですよ」
にっこり。
重成は好意を持って前に前に出る。


このような形で重成に壁際へ追い詰められるとは。
又兵衛は先ほどの汗とまた別の汗を流していた。



重成の笑顔が迫る。
又兵衛はぐっと手に力を込めた。

「今は、見ての通り稽古中だ。また後にしてくれ」
極力冷静に、又兵衛は努めた。
それを聞いて重成ははっとなった。
「あ・・・そうですよね。稽古の邪魔をしてしまいまして、すみません」
残念そうに、重成は頭を下げた。
「いや。気にするな」



重成が帰って。
又兵衛はほっとため息をついた。
どうも犬は苦手なのだ。
野犬相手に戦ったことも原因の一つかもしれないが。

どうしてだったかな、と又兵衛は思い巡らした。
けれども、
ぶるり。
体を震わせると、犬の事は忘れるようにと又兵衛は槍の柄を強く握り込んだ。








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反転で呟き。
又兵衛に苦手なものが欲しかった(・・・)
2008.5.4