紅匂ふ桃の花。


特別な空気を漂わせるこの日は天も感じたのか、穏やかな雲を漂わせている。
昨日までの忙しさとは打って変わり。
落ち着いた時間の取れた秀長は少し手持ち無沙汰に、けれどものんびりと過ごしていた。
時折華やかな声と楽しげな足音がする。
妻や娘から女中まで。
皆が皆、色づいた雰囲気を溢れ出していた。

まるで屋敷中が桃色に染まったような。
秀長の表情はいつも以上に穏やかになる。
そんな時だった。
高虎が嬉しげに主君の部屋に足を運んだのは。






「秀長様、お祝いを致しましょう」
準備致しますから、と高虎は挨拶もそこそこに切り出した。
気合を入れて見せる彼の様子に秀長はクスリと笑って、
「桃の節句なら、男子禁制と言われてしまったよ」
少し残念そうに肩をすくめた。
今日は桃の節句である。
普段よりも華やかに彩られた部屋に親子共々居たのだが。
これより女の楽しみがあるから、と言われてしまったのでは仕方ない。
妻や娘が嬉しそうにしている事にはとても満足しているので、素直に秀長は引き下がってきたのだ。
とはいえこの日の内に結局は呼ばれる事となるのだが。
「いえ、違います」
ぶんぶんと首を振る高虎に秀長は小首を傾げる。
すると高虎が声の調子を抑え、秀長を正面から見据えた。
「昨日は随分と忙しそうにしておられました」
「そうだね」
話題を変えたことには何か繋がりがあるのだろうと察した秀長は素直に頷く。
確かに忙しかった。
昨日よりも以前に渡されるはずの書類が昨日まで届かずにいたことも、原因の一つである。
あとで少し注意しておかなければ。
と、思案顔になりつつある秀長を高虎の言葉が戻した。
「昨日は、秀長様の・・・」
「私の?」
これまでに何度か見た、もごもごとする高虎に秀長は更に首を傾げ、そしてハッと気が付く。
そうか。
昨日は、
「生まれた日」
思わず口をついて出た言葉は高虎から洩れた言葉と重なった。
照れているようで高虎は桃色に染まっている。

嗚呼
お前は
ほんとうに

秀長は未だにもごもごとする高虎を見、目を細めた。
「高虎」
「はいっ」
少し裏返ってしまったのではないだろうか。
高虎はそんな事を心配しつつも秀長の言葉が続くのを待つ。
「そのようなこと、覚えていてくれたのか」
そのようなこと。
高虎は主君の言い回しように引っ掛かりを感じて、心を込めた反発をする。
「大切な、大切な日ですから」
言い終えての静寂。
妙に汗をかき、如何ともし難くなって高虎は己の膝を見つめた。
ほどなくして。
秀長が我に返ったのか急に居住まいを正した。
ふ、と息が吐かれるのが高虎の耳に届く。
そして
「ありがとう。高虎」
言われて高虎が顔を上げれば、秀長がにこりと微笑んでいた。
加えて秀長の背後に見える、庭に植えられた桃の花。
その微笑み。
その花。
「勿体無き、お言葉」
耳まで染まるのを自覚しながらも、高虎は己を落ち着かせるべく頭を垂れた。









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反転で呟き。
「目を細める」の類語と「桃の花」の花言葉にずきゅんときて。
高虎は、対秀長にはひたすら純情であってほしい、なんて。

2009.3.3