「又兵衛も、重成も・・・」
勝永はうつむいて呟いた。
我慢することが出来なくて、勝永の足元にぽたりぽたり涙が落ちた。
周りには幸村と全登、盛親がいた。
皆疲れ果てていた。
特に盛親は勝利を収めていても、次の戦に出られるほどの兵は無かった。
「明日は最終決戦といった所でしょうか」
全登はクルスを握り締めた。
「・・・策を、練らねばなりません」
「ちょっ待て待て待て!」
言うや否や歩き出そうとする幸村の袖を勝永が掴んだ。
「少しは休めっ」
「働き詰めでは良き策も生まれませんよ?」
「・・・」
勝永に加え全登にも言われ、不服そうにはしたが幸村は微かに頷いた。
幸村の袖を離し、勝永は横目で盛親を見る。
「おい盛親。大丈夫か」
勝永がぐいっと肩を押しても、盛親の視線は下を向いたままだった。
「彼はあの藤堂勢と戦ったとか」
全登が言った。
「藤堂といえば、盛親殿の、元家臣が多いそうです・・・」
幸村が心配そうにそっと盛親を見つめた。
「・・・」
ため息一つついて、勝永は腰に手を当てた。
「仕方ねぇじゃねーか。敵味方に別れちまったんだから」
「そんなことじゃ、ない」
そんなことでもないのだけれど。
ぐるぐると考えながらも、盛親がポツリと言った。
3人は盛親の言葉を待ったが、その口はまた閉ざされてしまった。
「あーもう!オレ治長んトコ行って来る!」
かける言葉も考え付かず、勝永は足音荒く盛親に背を向けた。
「・・・」
幸村はそんな二人を心配そうに交互に見た。
「幸村殿も行きなさい。良き策を練りに」
全登が、こちらはまかせろと微笑むと、幸村も安心して勝永を追った。
「さて、盛親殿。あまり余裕はありませんが、某の陣にでも如何でしょう」
「・・・」
何も言わないのを肯定と取って、全登は盛親の背をそっと押した。
幸村と勝永は治長の陣につくと早速、策を練ることにした。
「なあ。勝てるのだろうか」
治長が不安そうな声を上げた。
「大将がそんなんじゃ勝てるもんも勝てねぇよ」
「・・・この通りにいけば、勝てます」
「そうか?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「信じてよいのか?」
「・・・」
「しつこいっ!」
勝永が勢いよく立ち上がり床几を倒した。
「こいつが勝てるっていったら勝てんの!」
「勝永殿・・・」
「だからあんたは秀頼様をなんとか出馬させれば良いんだよ!」
「わ、わかった」
治長が汗を流しながらも二、三度頷いた。
そんなやりとりをしている頃。
全登は盛親を向かい合うように床几に座らせた。
「今日はもう布教はしませんよ。ご安心を」
側の者は下がらせた。
この場には盛親と全登の二人のみだった。
沈黙の後。
盛親がぽつりぽつりと話し出した。
「先の戦は我ながら完全に勝った気分だった」
独り言のように話すのを全登は動かずに聞いた。
「重成がやられて、退却しなきゃならなかった」
盛親は両手で顔を覆った。
「そこでも多くの家臣を失った。
俺が土佐の主に戻るのを信じて来てくれたのに。
こんな俺でも自ら慕って来てくれた者がいたのに」
彼は、なんと心根の優しいことか。
全登は思った。
「己を卑下する必要はありませんよ、盛親殿」
優しく声を掛けた。
盛親はゆっくりと顔を上げた。
「悔やむならば、お逃げなさい。あなたは」
「逃げるなどと!・・・まだ勝永も幸村もっ」
「彼らとあなたは違う」
そうでしょう?
と全登は首を軽くかしげた。
酷い言い様かもしれないが、全登はぴしゃりと言った。
「盛親殿の御心のままに、良き将を務めなさい」
静かに全登は微笑み、
「さ、湯漬けでも如何ですか。腹が減っては何とやら、です」
返事も待たずに、全登は立ち上がった。
夜が明ける前に。
考え出した策の通りにそれぞれが出陣していった。
盛親は兵力も少ないということで、城の守りについた。
自分と家臣のみがいる。
「皆、聞いてくれ」
一度ゆっくりと深呼吸をした。
「この戦では、もう、わかるだろう。皆落ち延びよ。俺も逃げて、再び土佐の主たらんために、いつか再起を図る」
盛親自身にも言い聞かせるように言った。
ざわざわとするものの、目立った発言をする者はいなかった。
盛親はそっと目を閉じた。
日も高くなり始めた。
勝永は暑くなってきたなと思いながらも、己の陣に急いだ。
幸村の陣にいた時に、動くなと厳命しておいた勝永の軍が動いた。
その銃撃戦を勝永自身が何とか止めようとしていた。
「くそ!何で動くんだよっ」
これでは策が台無しではないか。
駆けに駆けながら、勝永は慌しく別れた際の、幸村の表情が気になった。
勝永が到着してももはや戦闘を止める事はできなかった。
やむなく勝永は作戦変更を決めた。
敵の兵数との圧倒的差と、策の失敗。
もはや勝永は笑うしかなかった。
ふと思い出が駆け巡った。
もしお前に会えたら、お前はオレを馬鹿だと罵るだろうか。
罵るに違いない。
しかも泣きながら、だ。
出来ることならこの夏の戦の前に会っておきたかった。
勝永はその姿を瞼の裏に見て先ほどとは違う笑みを浮かべた。
後が無い勝永隊は次々と敵隊に猛攻を重ね、快勝を続けた。
「オレと死ね!」
そう叫ぶと周りの家臣も奮い立った。
あの狸親父の陣まであと少しだ。
幸村は勝永が去った後、何度目かの秀頼出馬を請うた。
でもこれが最後だ。
幸村はそう思った。
軍監として付いてきた伊木遠雄も邪魔なので一緒に返した、
つもりだった。
「真田殿!」
伊木が馳せ戻ってきた。
幸村はゆっくりと振り返ると、嫌そうな顔をした。
「なんで、戻ってきたの」
「お側にいたいからです。最期まで」
「・・・」
「お許し下さいませ」
「・・・」
真っ直ぐな目から逃れるように幸村は踵を返した。
「勝手にするといい」
伊木は嬉しそうに後ろから付いてきた。
勝永殿が駆けた方向から銃声が止み、そして地響きのような声が聞こえてきた。
時機はもうすぐ。
そう思うと幸村は、瞼を持ち上げた。
「真田の名、世に知らしめよ」
じゃらり。と手に持つ鎖鎌が鳴った。
浅野勢が裏切った、という誤報で後ろから敵は崩れた。
その様子に幸村は笑った。
「好機!」
短く叫ぶと、家康本陣に突撃した。
混乱の嵐。
本陣もそれに巻き込まれて幸村の思う壺だった。
けれども圧倒的な兵力差。
突撃しては引き、また突撃する。
目に見えて赤い旗が消えていく。
可愛がった家臣も倒れていく。
そういえば乗っていた馬もない。
家康も消えた。
「どこにいるの・・・」
ゆらりと、幸村は立った。
家康が座っていたであろう床几は無残に踏まれ壊されていた。
静かだ。
幸村は思った。
一枚の布の向こうでは激しい戦闘が続いている。
「ふ」
笑みがこぼれた。
「狸の首・・・取ったら兄上が、困るよね」
でも取ってみたかった。
あと少し早かったら。
そう思い幸村はまた涼やかに笑った。
同時に眩暈がした。
その時。
「幸村様っ」
必死な声が聞こえた。
幸村がゆっくりと振り向くと、馬から降りる見慣れた草の者がいた。
「・・・六郎」
「早くこの馬に乗って下がって下さい!」
有無を言わせず幸村を抱えて馬に乗せた。
勝永殿は、来なかったな。
幸村は残念そうにため息をついた。
「家康を探せ!」
幸村が縦横無尽に駆け回った後、勝永は本陣に突っ込んだ。
家康の姿は無かった。
真田隊の姿も。
勝永は舌打ちすると援軍に来た藤堂勢と井伊勢を蹴散らした。
引くしかないのか。
あと少しだったじゃないか。
だが兵はもうぶっ倒れる寸前だ。
「・・・」
勝永は城へ退却することを選んだ。
勝永と幸村のいる方面で地鳴りの声がした。
次々攻め敵を突破しているようだった。
この方面にいる藤堂勢と井伊勢が援軍として彼らの方へ動いていく。
今しかない。
大野治房は意を決した。
「目指すは秀忠本陣ぞ!」
獲物を振り上げ高々と叫んだ。
「秀頼様のためにも、負けるわけにはいかんのだっ」
あと少し。
秀忠は逃げようともしないではないか。
秀頼様御出馬が叶えば、士気も上がる。
あと少し。
あと少し、は叶わなかった。
敵の援軍が来る。
やはり数には勝てぬのか・・・っ
治房は歯を食いしばると、退却にかかった。
静かに水面が揺れていた。
全登は兵を潜ませながら、どんな音も聞き逃すまいとしていた。
秀頼の出馬はまだか。
出馬すれば、この個性が豊か過ぎる豊臣軍も統率が取れるのではないか。
幾度と無く全登は思った。
そのうちに物見が帰ってきた。
必死の形相だった。
「毛利隊も真田隊も、大野隊もっ友軍皆壊滅にございます!」
どよめきが起こる。
全登は静かに頷いて立ち上がった。
「秀頼様も来ない。友軍もない・・・」
兵が皆全登を見上げた。
「さて、退却を援護しに行きましょうか。あと少し、我らが聖戦を」
そういって微笑むと、クルスを取り出した。
「デウスのお導きのままに。父と子と聖霊の御名によって」
アーメン。
明石隊は静かに十字を切った。
「つかれた・・・」
幸村は呟いた。
神社があったのでそこにお邪魔した。
もう動けなかった。
「・・・」
勝永の働きは目覚ましかった、と賞賛を伝えたかった。
幸村は空を見上げた。
様々な思い出が幸村の中を駆け巡った。
「兄上・・・」
九度山で一生を過ごすのは、あまりに淋しかったのです。
頭の中の兄は困ったような笑みを浮かべていた。
大坂城は日のまだ高い頃、落城した。
勝永らは秀頼を守るように隠れたが、やがて果てた。
そしてこの戦場に、盛親と全登の姿は無かった。
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反転で呟き。
ご冥福を、お祈り申し上げます。
愛しき大坂。
2008.5.7