小早川の裏切り。
他武将の傍観。
次々と現れる敵。敵。敵。
ああどうしてこんなことに。
あの狸め。
亡き殿下の遺言さえ違え天下を奪おうとしている。
許せない。
何故裏切るのか。
豊臣の風上にも置けぬ。
所詮人は義ではなく利で動くのか。
許せない。
ああ世の中はこんなにも黒い。暗い。
だから政なんて嫌なんだ。
・・・せめて。
せめて。
もっと早く生まれていれば。
政にも、謀略にも、詳しくなれたのだろうか。
「もはや大谷隊、小西隊ともに壊滅でしょうね」
側に控えていた冷静沈着そのものの指揮官が言う。
秀家はその声で我に返った。
「弥九郎、は」
「討ち死にかもしくは、」
「弥九郎は死なぬ・・・!」
「ならば潰走中でしょう」
「・・・っ」
むっと声を詰まらせる秀家に全登はちらと横目を向けた。
「若。彼の心配よりこちらの心配です」
「もう、若ではないっ」
若い主からの精一杯の仕返し。
それに見向きもせず全登は前方を眺めた。
もはや敵味方入り乱れての戦い。
悪いことに、よくよく見れば敵の数が多い。
「我が軍も逃げましょう」
支えきれない。
そう判断して、生き延びることを全登は考えた。
「何を言う。全登」
秀家は鋭く隣にいた彼を睨み付けた。
「これは・・・これは豊臣家を守る戦いぞ!」
半ば叫びながらにして言う。
そうしてその視線の先にいるであろう裏切り者を睨み付けながら、
「あやつを斬って捨ててくれなければ・・・!」
秀家は全身に力を込めに込める。
着込んだ鎧がぶつかり合って小さな音を鳴らした。
秀家の、怒りで震えるその拳を全登は静かに見下ろす。
「なれど我が軍はもはや、」
「それが何だ!わしが行く!!」
側にいた馬にひらりと跨り、今にも斬り込もうとする秀家。
「お待ちなさいっ」
それを見て全登は主の袖を引っ張った。
自然秀家はつんのめる。
「何をする!」
「今ここで若が討ち死にして後に残された者たちは如何致します」
穏やかでも叱咤するでもなく全登は秀家を見つめる。
「後図を策する手立てはこの先いくらでもあります。まずはお逃げを」
「し、しかし・・・」
「ここはあなたの死に場所ではない」
全登の気迫に圧倒されて秀家は口篭る。
その僅かな間に全登は数騎集め秀家の周りを固めさせた。
秀家は、じと全登を見つめていた。
「・・・」
「あなたならば無事逃げ果せられますよ、殿」
「全登、」
「あとはこの明石掃部にお任せあれ」
そう微笑むと、主の返事を待たずに馬の尻を叩く。
「っ全登!!」
急に走り出す馬にしがみ付きながら、それでも秀家は振り返ろうとした。
その目に一瞬入ってきたのは全登の相変わらずの微笑み。
「何としても殿をお守りしろ!」
全登は主の周りを固める騎馬武者に叫ぶ。
その内数騎から短く返事が聞こえた。
敵が迫る。
宇喜多当主が逃げた事を早くも勘付いたのか。
時間を稼がなければ。
全登はそう思うと残った兵を集める。
「今この時、神は試練を我らに与えたもうたのです」
胸に仕舞い込んだクルスを取り出し、全登は微笑んだ。
そして高らかに声を上げる。
「神は乗り越えられぬ者に試練は与えません」
秀家を追撃してくる敵はすぐそこにいた。
またお会い致しましょう。
秀家様。
クルスに軽く口付けをし、全登は刀を抜き放った。
--------------------------------------
反転で呟き。
明石はぼっちゃんが好き。
2008.9.15