寒さに身を縮込ませながらも盛親は全てを押し殺しひたひたと進んでいく。
何かに怯える様子はなかった。
ひっそりと静まり返る大坂城。
その姿、照らされることも無く夜の闇に溶け込む。
月明かりは弱く、朧気に霞んでいた。
盛親はその頼りなさに少しばかり落胆した。
夜気が鋭く盛親の肌を刺す。
目指す先は、ぼんやりとした灯り。
控えめに灯されているそれはこの夜風に触れればたちどころに消えてしまいそうだった。
あと一歩のところ。
盛親は歩みを止めた。
依然として灯されている事の確認を終えてから、ゆっくりと襖に手を掛ける。
「全登殿」
夜更けである事も意識してか控えめに音は吐き出された。
返事は無い。
主の居ない部屋はしんと静まり返っていた。
盛親は一歩踏み出し、後ろ手で静かに襖を閉めた。
同時に安堵のため息をつく。
全登はどうやら隣室にいるらしかった。
「全登殿」
もう一度呼び掛けながら畳の縁をそっと越える。
盛親の視界に全登の姿が飛び込んできた。
彼は盛親に背を向けて跪いている。
彼の前には女性を模った像。
祈りを奉げているようだった。
その祈りの姿、ぼんやりとした灯りに照らされて夜の闇を飲み込む。
聖なる何かを身に纏っているかのように盛親の目に映る全登。
身動ぎ一つしなかった。
全登も、
盛親も。
声を三度掛けようか掛けまいか。
盛親が考えあぐねていると全登がふと顔を上げた。
祈りが終わったのか。
「・・・」
全登はゆっくりとした動作で振り返る。
そして盛親を見上げ微笑んだ。
「御待たせ致しました、盛親殿」
何か御座いましたか。
彼は優しく問いかけながら盛親に座るよう促す。
盛親は素直に従った。
正座をし、ぺこりと頭を下げてきた盛親に全登は首を傾げる。
「盛親殿?」
「本日はこのような時刻に、また祈りの邪魔立てを致して、誠にすまない」
ふかぶかと頭を下げる盛親に思わず全登がぷすっと噴き出した。
顔をあげ眉を顰める彼に全登は笑いを堪えながら、
「某とあなたの仲では御座いませんか。何を、今更」
言い終わるや否や。
堪え切れなくなったのか肩を震わせて顔を伏せる。
つい先日、盛親が酔って部屋に押し掛けた事を思い出したのかもしれなかった。
そう推測すると、
「そこまで笑わずとも・・・」
不機嫌に盛親は全登を睨み付けた。
「いえ、その。ふふ。申し訳御座いません」
最後にひと笑いして気が済んだのか、全登は切り替えるように居住まいを正した。
「それで、どのような御用件でしょうか」
「別に大したことではないのだが・・・」
「構いませんよ」
微笑む全登に盛親は少し視線をずらす。
耳が染まるのは寒さの所為だと盛親は胸中で何度も頷く。
「今日は朝から貴方の姿が見えなかった」
独り言のような声音に全登も静かに返答した。
「そうでしたか?」
「軍議が無かったとはいえ・・・外でも稽古場でも会わなかった」
「大半は祈りを奉げておりました。特別な日でしたので」
「特別な日?」
「世に光をもたらした、イエス降誕の記念日に御座います」
そっとクルスを持ち上げて見せる全登に盛親はああ、と合点した。
「それで、祈りを」
「ええ」
「本当に、切支丹なのだな」
「おや。それはどのような意味合いで」
盛親の意外だという表情に全登は苦笑した。
「あ、いや、すまない」
「イエスは暗闇の中に住む万人を救い導く真の光。今この時、共に御来光を仰ごうではありませんか」
急に輝きだした全登を盛親は慌てて止めさせた。
「遠慮する・・・っ!それに今何刻だと思っているのか」
「存じておりますよ。静かに致しましょうね、盛親殿」
それまでの表情が一転。
人差し指を口元にあて、静かにと全登が示す。
その笑みが意地悪く見えて盛親は口を噤む。
「貴方は、」
言いかけて思い直したのか。
盛親は苦笑して言葉を打ち切った。
「気になる言い方を致しますね」
「貴方には負ける」
「おや、褒めても何もでませんよ」
「褒めたつもりはないのだが」
互いににやりとする表情はどこか子供染みていた。
そうして、
「今宵は寝かせませんよ、盛親殿」
表情はそのままに全登は南蛮からだという酒をどこからともなく取り出してきた。
「・・・その言い方やめてくれ」
盛親は呆れながらも笑い、酒を受け取る。
やがて空が白み始めた。
--------------------------------------
反転で呟き。
クリスマス。
2008.12.25