面影。


襖もぴたりと閉じ、
部屋には二人だけ。
向かい合って座っていた。
外はもう薄暗い。
互いの顔はふとすればぼんやりと見える程度になっていた。
風が吹いているのか、灯りがゆらりと揺れた。

「些細な出来事ではあった、だが」
「大きな出来事が引き起こされるかもしれない」
高虎の言葉を高吉が静かに引き継ぐ。
「わかっているなら、何故」
高吉は口を閉じたまま。
ただ曖昧に、どこか虚ろな笑みを浮かべた。
それが高虎にはひどく奇妙に思えたと同時に彼の心情が少し伝わった。
伝わったがしかし。
息子にかける言葉を高虎は持っていなかった。
「・・・」
もう湯気を放たなくなった湯飲みを高虎は見つめる。
「今回のことについては、そなたも責任を取る形にする」
「はい」
「藤堂家に非があるとは思い難い事ではあるが、な」
「あの時は私も、気が動転していたようですし」
丁度良いのです。
と、高吉は微笑む。
まるで少し家を離れて独りになりたいとでも言うかのように。
高虎はほんの少し眉を顰めた。

この聡い息子にはどれほど伝わってしまうのだろうか。
言葉の意味を。
願わくば、
言葉を言葉としたままで受け取って欲しい。

その想いまでも伝わることを、高虎は願った。
口が渇く。
けれど置かれた湯飲みを持とうとはしなかった。
否。
何故だか出来なかった。
高虎はひとつ息を吐き、顔を上げた。
「蟄居を命じる。・・・よいか」
「はい。義父上」
鋭く見つめる高虎を真正面から受け止め、高吉はふわりと微笑む。
その目と目が合った瞬間、高虎はピリ、と全身に痺れを感じた。
わけもなく汗をかき体がじわりと冷え始める。
高吉が僅かに首を傾げた。
義父の異変が感じられたのか。
居た堪れなくなって、高虎はすぐに目を逸らした。
高吉を見つめていられなかった。
「・・・すまん」
思わず、謝罪の言葉が高虎の口から漏れる。
高吉の瞳は僅かに見開かれたが、すぐに伏せられた。
奇妙な沈黙は暫く続く。


嗚呼あれは正しくあの方の目だった。あの方の微笑だった。
あの方と血の繋がらない、
あの方と似た息子。

あの方の息子であった、私の息子。
跡継ぎであったはずの、私の息子。


高虎は我知らず拳を血が滲み出るほどに握り締めていた。
気づいた高吉は前に乗り出し、そっと養父の拳に触れようと手を差し伸べた。
「義父上、」
その手が触れるか触れないか。
瞬間。
びくりと震わせて、高虎は僅かに体を引く。
今この時、
その行動が高吉にどう思われるのかと考える余裕も高虎には無かった。
虚空を彷徨う息子の手が見えた気がした。
は、と息つく時には、既に高吉が深く一礼していた。
「もう、これにて・・・」
上げた顔には、
水面が揺れることは決してないほどの穏やかさ。
やがて静かに下がり、立ち上がる。
そしてふと思い立ったように、
「暖かい茶を用意させましょう。御身体を冷やしてはいけませんから」
高吉はにこりと笑った。
「あ、ああ・・・。頼む」
「はい」

ぴたりと閉じられた襖。
部屋にはただ一人。
暗闇の中で、か細く高虎の影が揺れた。



あの目。
あれを見ては、嗚呼あの方の影を追わずにはいられないのだ。
しかし。
影をいつまでも追ってはいけない。
守るべき妻子があり、家臣があり、そして家がある。
この目にあの影はもう。
いらない。


高吉の座っていた場所を見つめ、高虎は僅かに口を開く。
「      」
確かに言葉を口にした。
しかしながらそれは高虎自身にも聞き取れなかった。
掠れていく。
あの方の影。

やがて。
高虎は聞こえてきた実子のはずんだ声に、重たい身体を上げた。









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反転で呟き。
血は繋がっていなくとも。
2008.9.28