良酒にひたる。


誰も居ないしんと静まり返った部屋。
綺麗に片付かれたその部屋は新年を行儀良く迎えているようだった。
かたり、と襖が揺れ、僅かに開く。
身を滑り込ませるようにして男が入る。
静かに、けれど浮かれた足取りで男はそっと部屋の中央に、少し膨らんだ餅を置く。
餅は周りにある料理たちに紛れた。



「さーどうぞ」
にっこりと微笑まれ差し出されたのは片手では持てないほどの大きな盃。
盛親は多少引き攣り、遠慮がちに差し出す本人を見やると、目が据わっている。
「・・・頂戴、します」
断ったらどうなることやら。
身を守るためにも、ここは飲むべきだ、と決意するも盃を受け取る手が少し震えた。
その様子を見守る男がひとり。
ごろりと横になり、行儀悪く料理に手をつけていた。
手近にあった餅を一掴みする。
食べると鉄の味がした。
「うぇ」
怪訝に餅を見やると、中には永楽銭が6枚。
彼は三途の川の渡し賃を思い浮かべるも、誰だ悪戯したのはと餅をそのまま戻す。
きんとん、かまぼこ、伊達巻、餅、和菓子・・・と様々な料理が散乱している。
皿から落ちていないのだけが救いだなと思っている所に、自分も少し酔っていると感じた。

はじめはちびりちびりと酒に手をつけているだけだった。
慎ましやかな正月だった。
料理はどれも美味たるものであったが、その中にどうやら不味いものがあったらしい。
酒が入っていたものか、飲酒を助長するものか。
それとも酒自体が強かったのか。
そういえば幸村が以前酒を頼んだのだと浮かれていた。
まあ経緯はどうでも良い。
酒が入るとこんなにも変わるものなのか。

又兵衛はそんなことを思いつつ、呆れ半分に、盃になみなみと酒を注ぐ男を眺める。
頬を赤く染めて、可憐さが出ればよいものを、全く正反対の性質が出てきてしまった男だった。
「も、もう飲めません・・・」
低姿勢な盛親は目を潤ませ、幼さが前面に押し出されている。
盃を置こうとした彼に無常な待ったがかけられる。
「私の酒が飲めないとでも、おっしゃるんですか、ん?」
強迫じみた声音を耳元で聞き、盛親はびくりと肩を震わせる。
助けを求めるように盛親が目を向けるその先には又兵衛がいた。
可憐さが出たのはこちらだったかと、又兵衛は息をひとつきすると、むっくり身体を起こした。
「幸村」
そう呼びかけると盛親に向けていた視線を又兵衛に向けてきた。
相変わらず目は据わっている。
「儂が相手してやろうか」
その言葉に真っ先に盛親が反応し、安堵の表情を浮かべる。
又兵衛がにやりと笑うと、相手も乗ってきたようで、不適に微笑み返してきた。

盛親が四つん這いで僅かに二人から距離を置く。
涼しい空気の入る位置を陣取り、飲み比べを始めた二人を振り返った。
お屠蘇はそのように飲むものだったか・・・という疑問はさておき、幸村の変わり様に盛親は心底驚愕した。
随分と漢らしくなった幸村は、今にも盃を介さずに酒を飲み始めるのではないかといった様子だった。
いつもの遠慮がちな方が、と考えたところで己も酔っているのだと盛親は思わず頭を振った。
「頭を振っては気持ち悪くなりますよ」
頭上から降ってきた声に盛親が目を丸くする。
上を見上げれば、重成がそこに立っていた。
「よう」
と、隣に勝永もいた。
どうやら追加で料理やら酒やらを運んできたらしかった。
「・・・」
今は危ないだのお運び役ありがとうだと言葉は頭に浮かぶも、盛親は口篭っただけに終わった。
「なんだか凄いことになってます、ね」
重成は口をぽかんと開いたまま、己の記憶にあった、綺麗に整えられた部屋を思い出す。
今のこの惨状は最初の頃とは大違いだと。
「幸村、酔っ払うと半端無いからな」
以前も似た状況を体験したのか、勝永は少し遠くを見るように呟きながらしゃがみ込み、酒を置いた。
盛親はぼんやりとその光景を眺めていたが、
「ふ、」
「盛親殿?」
突然めそめそし出した盛親に、料理をそっと置いていた重成が訝しげな顔で見つめた。
「あにうえぇ」
「何処を見て思い出す要素があったんだよ」
勝永が意外な表情をして突っ込むが、酔っ払う彼は聞こえていないようだった。
「ど、どうします?」
重成が不安そうに前方を指し示しながら、勝永に尋ねる。
盛親の事ではないのかと勝永は思いつつもその先に目をやった。
「あー・・・」
自分まで酒を飲んで騒いでいたらどうなっていたことか。
迷惑な酔っ払い二人を眺めつつ、勝永は溜息をゆっくりと吐いた。
「どうすっかなぁ」
めそめそする盛親に寄り掛かられながら、ここで救世主は来るものだと、廊下に耳を澄ませた。

案の定。
頃合を見計らったように彼は現れた。
「あけましておめでとう御座います」
にこりと微笑みながら、この状況を予想していたかのように彼は落ち着いていた。
「なかなか楽しい状況になっておりますね」
「どこがです」
全登ののんびりとした口調に重成は不安げに返した。
「ご心配無用ですよ、重成殿。流石に部屋を傷つけるようなことは」
「いやいや鍛錬始めようとか聞こえるんですけど」
勝永が口を挟んだ通り、酔った二人は獲物を取り出す勢いにあった。
どうするのかと重成は全登を見つめる。
「まぁ、予想は予想ですよね」
あはと笑う全登に勝永は呆れ、重成が瞳を潤ませ始める。
「そこで!」
ぴっと人差し指を上に向け、うきうきとした表情を隠さずに全登は重成に微笑んだ。
「重成殿。あなたには七草を集めていただきます」
「ななくさ?」
全登の言葉に重成は首を傾げた。その様子に全登はうんうんと頷く。
「御存じ無いようですね」
「はい」
「七草とは七種の菜のことです。これらは様々な薬効があり、このような状況を打開する切り札となっている、それはそれは大切なものなので御座います」
「なんかそれ、違」
「重成殿。これはあなたにしか出来ません。集めてきて頂けますね?」
全登は勝永が口を挟もうとするのを阻止し、重成に紙を一枚手渡した。
それを一読する重成に、全登がにこりと微笑む。
「これらは全て某の庭に御座いますから」
「え、それでは」
簡単ですねと、微笑む重成に
「某の庭を甘く見てもらっては困りますね」
と全登が不適に笑うと、持ち前の冒険心を擽られたのか、重成は表情を輝かせて行って来ますと走って行った。
全登が行ってらっしゃいと手を振り見送る。
ぱたぱたと足音が消えるのを聞いていると、
「盛親殿はおやすみのようですね」
急に声を掛けられ勝永はびくりとした。
正面にしゃがみ込む全登は静かに寝息を立てる盛親の頬をつついていた。
「肩が重いよ」
勝永が言うと、全登はくすりと笑うに留め、話題を変えた。
「それにしても、この状況では酔うに酔えませんね」
その言葉に勝永は呆れた目で全登を見返す。
「ほんとほんと。飲みたかったのになー」
「おや、何です。その、犯人はお前だという目は」
「この酒はいつもより強いと思うんだけど」
既に部屋にあった酒と、勝永の持ってきた酒は同じものだった。
勝永は側に置いた酒の匂いで、強いと感じた時には、もう飲み比べの二人に言うには遅かった。
襖が破壊される程度に留まっている事を確認した全登は勝永へ振り返り、
「某はお年玉を差し上げただけなのですが」
と首を傾げた。
「お年玉?」
勝永が聞き返すと、餅の中に金銭を仕込ませてあったのだという。
「酒癖のことは存じてました。その前に渡し賃ぐらいは差し上げないとと思いまして」
「誰に」
「又兵衛殿に」
「・・・ふーん」
本当は、某が来た頃に幸村殿が暴れる目論みだったのに。
と呟く全登を余所に、心の中で勝永は、幸村の相手は決まっていたのねと同情する。
「あ、ちなみにお年玉は平等に用意してありますからね」
先ほどまでの空気は何処へやら。
ふと明るい声で言う全登に、そんな伏線はいらないと恨めしそうに勝永は顔を向けた。
二人がこちらに絡んで来ないことを切に願う。











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反転で呟き。
なんだかよくわからないものが出来ました。
色々と突っ込みどころはありますが、まぁ、生暖かくみてやって下さい。
盛親、書きたかったんです・・・
2010.1.2