どうか賽の河原で待っていて。


「名のために 棄つる命は惜しからじ 終にとまらぬ浮世と思へば」

差し出された懐紙をそっと胸に押し抱く。
彼も既に覚悟を決めていたのだ。
鳴り響く鉄砲の音。
鬨の声。
断末魔。
天が轟き、地が揺れ動く。
周りの騒音とは正反対に、吉継はまさに静穏としていた。

金吾はまだしも、まさかあの4人まで裏切るとは思いもよらなかった。
傍観していた彼らがこちらに刃を向けた時、体が動かなかった。
まさか。
藤堂め。
今頃内府のために家のために出世のためにと戦っているのだろう。
人の心とは実に測り難い。
吉継はそう思わざるを得なかった。
申し訳ない。
己は実に我が儘な主だった。
部下の未来など見てはいなかった。
だがそれでも付き従ってくれた。
命をくれた。


「殿」
吉継の側に控える家臣が心配そうに声を掛けた。
「ああ、大丈夫だよ」
真白な布を震わせて、吉継は微笑む。
「そろそろいかなくては、ね」
懐紙を静かに仕舞い込む。
吉継は、家臣がこちらを見つめているのが何となくわかった。
「為広殿に追いつかなくては」

佐吉や弥九郎はどうしたろうか。
申し訳ない。
俺の軍はもう、持ち堪えられないようだ。

「誰か介錯を」
まるで他の騒音は全て溶け合ったように。
吉継の声のみがひどく鋭かった。
息を詰まらせる空気が一瞬にして広がる。
沈黙。
誰も居ないのか。
吉継は苦笑して、
「俺を、苦しませる気か」
すらりと小刀を抜き放った。
と、震える声が響く。
「私が」
吉継にはすぐにわかった。
この声は。
「五助、か」
「はい」
よくぞ言ったと吉継は満足そうに微笑んだ。
布に覆われて表情はほとんどわからない。
けれど側近く、親しい者には伝わる。
五助が背後に回ったのを感じて、吉継は彼に言い聞かせた。
「この病んだ顔を敵に晒すな」
「・・・」
「いいね」
「は、い・・・」
カチと金属音がした。
震えているのが吉継にもわかった。
やがて、
「殿」
背後から聞こえる、今にも泣きそうな声。
否。
すでにもう泣いているのかもしれない。
吉継は声を出して笑った。
「はは。五助も泣くのか」
「わ、私を何だとお思いですか・・・っ」
「いやなに。冗談だよ」
もうほとんど見えぬ目で、握り締めた刃のきらめきを見る。
それに吉継は笑みを深くした。
「為広殿に、会いに行ってくるよ」
「・・・」
いってらっしゃいませ。
微かに耳に届いたその声を聞いて、吉継は力を込めた。

佐吉。
お前の面倒はもう見切れないよ。
俺がいなくても、
どうか無事で。








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反転で呟き。
きっとこれが私の中の大谷吉継。
2008.9.15