指令「悪戯」。


まだ幼さの残る体付き。
その逞しいとは言えぬ腕からわたわたともがく動物。
必死に宥め、そして。

「とりっくおあとりーと、です!」
鍛錬中に失礼します。と御丁寧に一声添えて。
重成は羞恥を覚えつつも又兵衛に向かった。
「・・・うん?」
又兵衛は槍を振るうのを止め、首を傾げる。
意味が分からないらしかった。
それでよいと重成は隠れて安堵のため息をついた。
「お菓子をくれないと悪戯するぞっというお祭りらしいです」
「へえ」
意外そうな顔をして又兵衛は声を上げた。
「普段の重成とも思えぬ行動だな」
「・・・う。たまにはあるんです。それで、お菓子は持ってます?」
返答は目に見えているが。
追求されたくはなく、重成は話の切り替えに努める。
「いや、ないな」
案の定の答え。
そうですかと返すその時。
「それにしてもどうしたんだ、今日は」
又兵衛にはそこが気になるらしかった。
少し迷った風を見せたが、すぐに重成は観念した。
「全登殿がそう言って回れと」
やはりな。と又兵衛はため息をつく。
「で、生真面目にやってるのか」
「いえ。凄く楽しんでます」
にっこりと。
重成は後ろ手に抱えていた子犬を出す。
「!」
又兵衛は思わず後ずさった。
「悪戯、しますね」
輝かんばかりの重成。
たとえ一時でも憧憬する人物の上にいける、という気持もあるかもしれなかった。
彼の表情に、一瞬彼にこの事を吹き込んだ張本人が重なり。
又兵衛は柄にも無く祈った。
天罰を。



「とりっくおあとりーとです!」
次にすぱむと襖を空けたその先には。
「どうした、重成」
驚いた、と彼は言うが表情はとても驚いたようには見えなかった。
姿勢正しく何か記していた盛親を見、重成は思わず居住まいを正す。
「あ、いえ。今の外国の行事なんです」
「そうか」
「お菓子をくれないと悪戯する行事らしくて」
ちょこりと盛親の側に移動してから重成は苦笑した。
「それはまた、面白いな」
くすくすと盛親が笑う。
重成は困ったように笑い、先ほどと同じように尋ねる。
「それで、お菓子持ってます?」
盛親は少し思案したようだったが、すぐに手を打った。
待っていろと声を掛けると奥の部屋へと姿を消す。
しばらくして。
「袋ごと持っていけ」
そう言って差し出された袋の中には金平糖。
「わあ。ありがとうございます」
嬉しさを撒き散らして、重成は深々とお辞儀した。
盛親はその頭に触れようと手を伸ばしたが。
寸前で引っ込めた。



「とりっくおあとりーと、です!お二人とも!」
縁側から庭へ声を投げかける。
その声に二人、振り返った。
「あん?」
「・・・?」
反応は一様に疑問符を浮かべ、首を傾げる。
近付いてきた二人に一礼し重成は説明した。
「お菓子をくれないと悪戯するぞ、という外国の行事らしいです」
「へー」
「お菓子・・・」
勝永は袖を振ってみたり、幸村は辺りを見回してみた。
「持ってます?」
「いや、持ってねェ」
「私も」
残念ながら、と。
「そうですか」
重成が微笑して頷けば、勝永がほんの少し嫌な顔をして尋ねた。
「悪戯すんの?」
「はい」
「こいつにも?」
と、勝永は横に佇む幸村を突いた。
突かれた彼は僅かに眉を寄せる。
「ええ」
にっこりと微笑み返事をする重成。
「いきますよー」
早速声を掛けると、何が来るのか二人は思わず身を固くした。
「えいっ」
可愛らしい声と共に。
じんわりとくる額の痛み。
「・・・」
「・・・でこぴん?」
「はい」
呆気に取られつつも尋ねれば、重成は照れたように笑った。





ふわりと薫る秋気。
それはどこか寂しげで。
俯きかけた瞬間。
足音を聞いて顔を上げた。
「秀頼!」
「重成」
一人外を眺めていた秀頼は掛けられた声に目を丸くした。
「なにかあったか」
心配そうにした秀頼に重成も首を傾げた。
「え、秀頼こそ。全登殿が、秀頼が城にいる将達を和ませるために悪戯をしに行けと、」
「?」
お互い首を傾げ。
やがて。
全登の悪戯だという結論へ辿り着いた。
けれど楽しめたので良かったのだと重成は微笑んだ。
秀頼もつられて笑う。
「秀頼、とりっくおあとりーと」
にこりと重成は言う。
返答は分かりきっているようだった。
「残念かどうかはわからないが、生憎余は菓子を持っていない」
「じゃあ悪戯しますね」
「問答無用か」
秀頼は眉を顰めつつも苦笑した。
「もちろん」
重成は笑みを深めると盛親に貰った袋を秀頼の前に差し出した。
「その後は一緒に貰ったお菓子、頂きましょうね」








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反転で呟き。
あのキリシタンはある意味で愉快犯。
2008.10.30