幾度と無く繰り返し、滑らかに動き続けていた筆が静かに止まる。
ことり。
小さく音を鳴らして筆は置かれた。
つらつらと書かれた文字を見返し、誤りがない事を確認する。
そうして短く息をつけば、
「暮れは少し、ゆっくりできるか・・・」
秀長は独り言ちて遠い景色に視線をめぐらせた。
太陽は見えず。
けれど日の落ちゆく様が何とはなしに感じて。
薄暗い空には今にも白いものがちらつきそうであった。
「秀長様」
主を出迎えたその表情は随分と年若く見える笑みで。
思わず秀長はくすりと笑った。
笑われた当人はというと少し釈然としない顔を見せたがそれは一瞬だった。
「今日は高虎に頼みが」
「御任せ下さい!」
言い終わらぬうちの返事に秀長は瞬きを数度。
尻尾があればはち切れんばかりに振るであろうその表情に秀長は、やはりくすりと笑った。
「これはおさけ、ですか?」
用意されたものをじと眺めて仙丸は首を傾げる。
父に呼ばれてわたわたと駆けて来れば、そこには酒を楽しむかのような用意が為されていた。
自分は注ぎの為に呼ばれたのだろうか。
寒さに少し震えながら仙丸はそう思ったものだった。
その内にも高虎が次々と周りを整えていく。
「ちょっと違う」
暖かい羽織を仙丸に掛けながら、秀長は首を振った。
言われて仙丸はさらに首を傾げる。
「甘酒というもので、仙丸様も召し上がり頂けますよ」
丁度、高虎が小さな器に甘酒を入れて差し出してきた。
仙丸はちらと秀長を見上げ微笑むのを見、それを受け取った。
「ありがとう、たかとら」
受け取った器の中には白い液体。
そこに何か細かな米粒のようなものが見え隠れする。
仙丸は不思議に思いながらも少しずつ口に含んでいった。
口に合うかどうか。
と秀長が成り行きを見守っていたところ、
「あまい」
仙丸は輝かしく美味しい物を発見したという表情で秀長と高虎を交互に見やった。
その表情に二人は満足そうに微笑み返す。
「気に入ったか」
「はい。とても、おいしいです!」
「それは良かった。けれど、飲みすぎてはいけないよ」
「はい」
大きく頷くと、再び仙丸は甘酒をもったいぶるかのようにちびちびと飲み始めた。
秀長はそれを見届けてから、用意された甘酒を差し出した。
「高虎。甘酒は病を防ぐと言う。飲みなさい」
「私は病など・・・」
「万が一、というものがあるだろう。ほら」
ずいっと差し出される。
問答無用といった笑みを向けられては高虎も断りようが無く、素直に受け取ることにした。
「頂戴致します」
「気をつけてお飲み」
冷えた手を温めるように器を両手で包み込み、口をつける。
その瞬間、
「・・・熱ッ」
あまりの熱さに高虎は顔を離す。
この様子に秀長が思わず破顔した。
「気をつけろと言ったばかりだというのに」
「こ、これは、別に」
笑い続ける秀長に高虎は頬を染めて口を噤む。
そこに、
「たかとら。熱い時はふーっとしてもらうのが良いぞ」
得意顔で仙丸は秀長に同意を求める笑みを向けた。
秀長は微笑み返し、高虎へと視線を戻す。
「熱いのであれば私が冷まそうか?」
「えぁあのっ、その・・・」
何を突然。
といった表情で一気に慌て始めた高虎の様子に秀長は口元を隠して笑った。
「冗談だ」
「・・・」
その一言に、高虎は消え入りそうな声でそうですよね、と呟いた。
落ち込む様子を見せた彼を意外そうに秀長は瞬きを数度。
そして俯いた彼へ声を掛けようとした所。
彼の袖が引っ張られた。
見やれば仙丸が秀長を見上げている。
「ちちうえ。甘酒、もうすこし飲みたいです」
「良いよ」
にこりと微笑み熱い甘酒を分けてやった。
白い湯気がふわりとあがるのを見て、仙丸が先ほどの高虎を思い出した。
「ふーっ、も」
火傷をしてはたまらないとする仙丸に秀長は苦笑しつつも頷く。
「はいはい」
和気藹々とし始めた父子の側で、高虎はちょっと肩を落とした。
両手に包み込まれた甘酒の湯気は寒気に当てられてほそぼそと空気にとけていった。
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反転で呟き。
高吉の酒ネタより。
2008.12.30