祐夢せんせ。


「祐夢先生」

なめらかな筆の動きが、止まった。
わずかな動揺と何か、が部屋の空気に広がった。

「祐夢先生」
もう一度呼ばれると、盛親はゆっくりと振り返った。
「・・・なんだ、貴方か」
驚かさないでくれ、と軽く笑う。
「ご不満でしたか・・・」
ふふ、と幸村が笑っていた。
「とんでもない。この城でその名が聞けるとは思わなかった」
「勝永殿が、言いふらしておりましたよ」
「・・・あいつめ」
何がしたいんだか。
盛親は顔をしかめた。
それには気を止めず、幸村は盛親の後ろに視線をめぐらせた。
「・・・邪魔をしてしまったようですね」
「うん?」
「何か、書いておられたようで・・・」
「あ、ああ。これは別に、急ぎではないから」
ぱたぱたと、盛親は両手を振った。
幸村は視線を戻した。
「お手紙、ですか?」
「まぁそんなところだ。・・・でも」
「でも?」
盛親は手紙を見つめて
「何を、どうまとめて書いたらよいのか、迷って。今日も迷っているんだ」
「そう・・・だったのですか」
「情けないことに、優柔不断だ」
「心を、込めている証拠です・・・」
「そうかな」
照れたように盛親は頬を掻いた。
幸村はゆっくりと微笑むと、軽く首をかしげた。
「明日になっても、煮詰まるようでしたら、一緒に稽古をしましょう?」
「それは光栄だ。ありがとう」
「いえ。・・・では、失礼致しました」
くるりと踵を返すと、そのまま幸村は部屋を出て行った。
「え、あの、幸村?」
何か用があったのではないか。
盛親はぽかんとした。




「手紙を書くのに忙しい?」
「はい」
「で、二日間引きこもりだったと」
「そのようでした」
「はあ」
なんとも間抜けな声を出すものだと幸村は思った。
「・・・心配して、損しましたか、勝永殿」
「まさか。心配すらしてねェ」
勝永は鼻を鳴らした。
「・・・」
「なんだよ、幸村」
「いえ、なんでも・・・」
勝永のじっと見てくる視線に耐え切れず、それより、と幸村は話を逸らした。
「又兵衛殿と重成殿が、外で稽古をしておりました」
「ふうん」
「私達も、ご一緒させてもらいましょう」
「え。誰と稽古すんの」
「私と」
「誰が」
「勝永殿が」
「遠慮します」
きっぱり、コブシに力を込めて勝永は言い切った。
にっこりと幸村は微笑むと、勝永の着物の帯を掴んだ。

帯を掴まれたら、逃げ難い。
ずるずると引きずられながら、勝永は諦めて、げんなりとした。
遺憾ながら幸村と自分とで手合わせするなら、幸村の方が強いと、認めていいだろう。
つまり、痛手を負うのはこちらだ。
なんとかして無事明日を迎えるように、勝永は頭を働かせることにした。
「・・・。又兵衛殿とも、お手合わせしたい・・・」
勝永を気にも留めず、幸村は ほう、と嬉し気に息をついた。











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反転で呟き。
せんせー、名前、可愛くないですか。
2008.4.27