「なぁ、何か鳴いてない?」
勝永は寝そべりながら尋ねた。
「何も、聞こえませんが・・・」
獲物の手入れをする手を止めて、幸村は外を見た。
幸村の部屋からは綺麗な梅の木が見えた。
けれど今はどしゃぶりの雨で。
何となく手持ち無沙汰になった幸村は獲物の手入れを始めた。
そこに勝永が突然暇だと転がり込んできたのだった。
「やっぱり聞こえるって。何か鳴いてる」
しばらくして勝永はそう繰り返し始めた。
「なら、確かめに行けばいいでしょう」
「素っ気無いな」
勝永は不貞腐れた。
「ん〜・・・外からっぽい」
四つん這いで勝永は縁側に寄った。
その時、小さな鳴き声が聞こえた。
「下だ!」
勝永は縁側の下を覗き込むと、何かごそごそし始めた。
それを幸村は怪訝に見つめていた。
「ほら!見ろよ!」
そう言って勝永が差し出したのは。
「く〜ん」
本当に小さな子犬だった。
「おや、まぁ・・・」
幸村が口元に手を添えて驚いた。
「何か拭くものないか。こいつ寒がってる」
「今、お持ちします」
二人はとにかく子犬を暖めようと布を何枚も持って来た。
「何か食わせたほうがいいのか?」
「さぁ・・・。とってきますか」
悩んでいると、小者が来た。
「真田様。大野治房様が御呼びに御座います」
「なんつー時に」
勝永が舌打ちした。
「・・・仕方ありません」
そっと子犬をひと撫でして、幸村は小者と出て行った。
勝永が一人残った。
「う〜。どうしよう・・・」
子犬を見つめた。
「とりあえず食べ物、か?」
たらふく食べれば体も温まるだろうと勝永は判断した。
布でくるんだ子犬を抱いて、勝永は台所へ向かった。
「・・・」
目の前に全登がいた。
勝永は思わず立ち止まった。
「おや、どうかしたので?」
この先は台所ですが。
と全登は不思議そうに尋ねた。
「いや、その」
「お腹でも空かせましたか」
「・・・まぁそんなとこ」
「そうですか」
全登の視線が布に留まった。
「それは?」
「別に、なんでも」
「ほう」
勝永はなんとか視線をそらせたかった。
「あのさぁ」
「何か?」
「と、通してくれない?」
「別に道を塞いでるわけではございませんが」
「・・・」
真横を過ぎれば確実に子犬が見える。
どうしてかその事を知られたくなかった。
「今台所に行っても、大したものはないですよ」
「それは、わかってる」
「では何故」
「あーもう!何でもいいだろ?!」
勝永は地団太を踏んだ。
その様子を全登は楽しんでいるようだった。
それが更に勝永をイラつかせた。
「その布の中身を教えてくだされば通しましょう」
「や、駄目だ」
「減るものでもないでしょう」
全登が一歩、また一歩と近づいた。
「だ、駄目なものは駄目!」
くるりと踵を返して、勝永はもと来た道を走り去った。
それを眺めつつ、全登はくすりと笑った。
「あー、もう。どうしたもんかな」
勝永はため息をついた。
と、一つの部屋に目が留まった。
「とりあえずここに隠しておくか」
その部屋にこっそりと入り、子犬をくるんだ布を置いた。
「すぐに戻るからな」
勝永は話しかけると、立ち上がって部屋を出た。
がらり。
盛親は用を済ませて戻ってきた。
「・・・なんだ?」
自分の部屋に、見知らぬ包みが置いてあった。
「・・・」
じっと見つめていると、どうやらそれはもぞもぞと動いていた。
盛親は固まった。
誰の目にもつかないように。
こそり。
こそり。
足音も立てないように。
曲がり角だ。
気をつけなければ。
盛親はこっそりと様子を伺った。
「よし。誰もいないな」
そう呟くと、角を曲がった。
瞬間。
「おい」
「ひっ・・・!!」
後ろから肩を叩かれ、盛親は飛び上がった。
その驚き様に相手も目を丸くした。
「いや、すまん。・・・まさかそんなに驚くとはよらなんだ」
「ま、又兵衛殿、か」
盛大にため息をつきつつ、でも盛親は少し安心した。
その様子に又兵衛は笑った。
「どうやら儂はそなたを驚かせてばかりだな」
「いえ・・・気づかない俺も俺だし」
先ほどから又兵衛の視線が盛親の腹部から動かない。
盛親は冷や汗を一筋。
「さっ、先を急ぐので」
そそくさと立ち去ろうとした。
「おい待て」
「ま、まだ何か・・・」
又兵衛に背を向けたまま盛親は立ち止まった。
「腹でもこわしたのか」
大丈夫か、と又兵衛は心配した。
両腕で腹部を抱え、しかも若干前かがみに歩いていたのだから。
「心配ない。大丈夫だ」
「本当か」
「もちろん」
又兵衛は短く息をつくと、ああそうだ、
「子犬を見なかったか」
と尋ねた。
「見ていないが・・・」
「そうか。見たらすぐにとっ捕まえておいてくれ。決して、逃すな」
「わ、わかった」
又兵衛の低くなった声に肝を冷やしながらも、盛親は足早に立ち去った。
歩きながら、盛親はひたすら考えていた。
用を済ませて帰ってきたら、包みがあった。
しかも、もぞもぞと動いていた。
なんだこの得体の知れないものは、と。
心底驚いた。
そしておそるおそる布を開けば子犬がいて。
「一体どこの誰がこんな事を・・・!」
どういう状態かよくはわからないが、何か食べさせた方が良いだろう。
「まったく、どこから来たんだお前はっ」
温まるようにと抱きかかえながら、盛親は台所目指して歩いた。
「あ」
台所へ入る直前。
勝永とばったり出くわした。
お互いに沈黙したが、勝永も盛親の腹部に目が留まった。
「何か用か」
盛親は注意を逸らそうとした。
「・・・なに隠してんだ」
「何も」
「うそつけ」
「嘘じゃない」
「だったらその腕をどかせ」
「断る」
「・・・んだと」
互いにまた、無言になった。
「どうか、致しましたか」
幸村がそっと歩いてきた。
それに勝永が片手を挙げて応じた。
「お疲れ幸村。盛親がオレをいじめてくるんだぜ〜」
「まぁ」
「お前ッ。でたらめを言うな!」
「きゃーこわい」
盛親が勝永の胸倉を掴もうと片手を伸ばした。
その時。
布に包まれた子犬がずり落ちた。
「あっ」
二人が声を上げたと同時に、幸村が難なく滑り込んだ。
そっと抱えて立ち上がり、幸村は二人をじっと見つめた。
無言の圧力に、沈黙せざるを得なかった。
ああ子犬を隠した部屋は盛親の部屋だった。
と、ふとこんな時に勝永は思い出した。
そこに。
「おやおやそんな所にいたのですね」
全登の声がした。
ひょいっと子犬を抱き上げると、にっこりと笑った。
「この仔を探していたのですよ。いやはや良かった良かった」
「全登殿の、子犬に御座いましたか」
幸村が子犬を見つめながら尋ねた。
「ええ、まあ。今のところは」
「今のところは?」
「信者が某の所へ拾ったのでしばらく預かってくれと来たのです」
「はあ」
勝永は気のない返事をした。
どうやら気に入っているのか、幸村は撫で撫でと子犬の頭を撫で続けていた。
「少し部屋を留守にしていましたらいなくなっていたもので」
困っていました、と全登は幸村に子犬を戻した。
「又兵衛殿が犬は苦手だと言うので、探していたのです」
「だからあんなに怖かったのか・・・」
盛親は納得したように呟いた。
「それと、しばらく前から保護して頂いた事には感謝します」
勝永に視線を向けながら全登は微笑んだ。
それを聞いて勝永はあの邪魔された事を思い出した。
「ちょっと待て。わざと足止めしたのか?」
「とんでもない。幸村殿と治房殿の会話を盗み聞きしただけです」
「盗み聞き・・・」
幸村が眉を顰めた。
「謝礼として、その子犬、信者がまた尋ねてくるまで側に置いて良いですよ」
全登は、幸村が嬉しそうな顔をすると、
「それでは失礼致します。又兵衛殿にお伝えしてこなければ」
深く笑って立ち去った。
それを3人は見つめて。
「・・・。世話、押し付けられてないか?」
しばらくして盛親がぼそりと言った。
おまけ。
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反転で呟き。
子犬を抱きかかえる姿て、子犬の愛らしさと相まってえらくかわゆいですよね
2008.5.2-3