夏の陣。1


「治房は紀州攻めを失敗したそうだ。案外やる奴なのだがなぁ」
「塙殿達が突出してしまったためとか」
「そうか」
苦笑交じりの又兵衛に、全登も苦笑で返した。

カチャリカチャリと音がした。
二人がその音に振り向くと、幸村と勝永が従者を連れて徳利と盃を持って来た。
「皆で、酌み交わしましょう」
「出陣の前にはやっぱりコレだろ」
幸村が盃を差し出し、勝永が徳利を持ち上げた。
「すまんな」
「ありがとうございます」
それぞれ盃を受け取る。
それを確認すると、勝永は笑顔のまま、
「ではこの勝永めが御酌仕る」
と、それぞれの盃に注いでいった。





「これが、今生の別れになる」
この場に盛親や重成がいないのは物足りんがな。

又兵衛が明るさを持って言うが、目は笑っていなかった。


誰もが口を開かなかった。
わかっていたから。



「あまりのんびりする時間もないな」
スッと盃を前に出すと、又兵衛は一気に飲み干す。
それに合わせて3人も飲み干した。


ん?
と、軽く驚いたように全登が声を上げた。
「水杯、かと思ったのですが・・・」
「本当に酒だな」
「え、駄目?」
「・・・いけませんでしたか」
勝永と幸村が顔を見合わせた。
「いえいえそんなことはございません」
全登はにっこりと微笑み、
「南蛮の酒も良いですがやはり、日本酒ですね」
言いながら盃を従者に渡した。
「日本酒が一番だよな!」
勝永が全登を軽く叩くと、幸村も微笑んで頷いた。



「さて、そろそろ行くか」
又兵衛の言葉に、皆が気を引き締めた。


まず大坂城を出発し、河内国平野に宿営する。
そして道明寺付近で先鋒である又兵衛、その次に全登。
そのまた後から勝永と幸村が続く予定だった。





又兵衛たちが出発した後、盛親と重成は東側へ出陣することになった。
あの4人がすでに出発してしまっていたので、盛親と重成はきちんとした別れを告げることはしていなかった。




もう又兵衛殿と会えないのか。

予感ではなく、確信として重成は感じていた。
秀頼に会いに行こう。
そう思い重成は秀頼の元へ向かっていた。


秀頼は随分と変わったと思う。
特に自分と同じく又兵衛を慕っており、よく呼び出しては話をきいていた。
そのおかげもあってか、治長殿や淀君の言うようにのみ動くということは減ってきた。

重成はそのことにとても満足していた。
そうして秀頼への拝謁を終え、出発することにした。





「重成」
盛親の声に重成は振り返った。
「そろそろ行くのか」
「はい」

どちらも沈黙した。



「又兵衛殿たちに負けぬ働きをしましょうね」
重成が微笑むと、盛親もつられて微笑んだ。
「冬の今福での戦いが初陣だったのに、頼もしいな」
「ありがとう御座います」
照れるように重成はお辞儀した。
その時、ふわりとよい香りが盛親の鼻をくすぐった。
「・・・また、香を焚いているのか」
「妻が、焚き込めてくれたのです」
「よい香りだ」
示し合わせたように、二人はゆっくりと外へと歩いていった。

盛親はよく沈黙するのだが、重成は別段気にしなかった。
居心地が悪くなるわけでもなかったのもある。
実際は長くないけども、長い期間共に過ごしたかのようにわかるものがある。




「盛親殿は、止めないのですか」
「何がだ?」
共に歩く途中、重成はポツリと言った。
「私では務まらない。この城に残れと」
「どうしてそんなことを言うんだ」
盛親は苦笑した。
「今福の時でも、又兵衛殿がおられなかったならば、私は」
「勝てたじゃないか」
「それは、そうですが」
「生きていればいいんだよ。生きていれば」
どこか遠い目をした盛親を重成は見つめた。



そのまま他愛の無い会話も少し。
二人は外へ出た。

「じゃ、」
盛親はポンと重成の肩を叩き、追い越して行った。




政治に関する事は好きではなかった。
主たらんとすることも。
けれど、なんとしても生き残らねばならない。

土佐に残った者たちのためにも。
自分を慕って来た者たちのためにも。
生き残れば、勝ちなのだ。
生きていればまた再起出来る。


盛親は無表情で歩いていた。







「盛親殿!」
重成が叫ぶ。
「どうか、御武運を!」



出陣する前に、言いたかった。
又兵衛殿にも。

重成は胸辺りをぎゅっとおさえた。








盛親は振り返らずに、片手を挙げた。









→2
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反転で呟き。
出陣。
2008.5.1