夏の陣。3


重成は勢いよく舌打ちした。

出発は遅れる。
道にも迷う。

仕方の無いことだが兵が寄せ集めだということ。
己が未熟だということ。


若さ故の勇敢さがあまりにあった。
重成は何もかもが歯痒かった。





「井伊軍に突撃する」

突出してきた将を討ち、ほぼ互角の戦いをこなしてきた。

又兵衛から軍や戦のなんたるか。
そういった話を聞いていたのが役に立っているのだと重成は少し笑った。
「お待ち下され!」
家臣の止めるを振り切って、
「槍を!」
差し出された獲物をひったくって進撃した。



出陣した時からもう迷いは無かったのだ。

「見ていて下さい・・・っ」
重成は空に叫んだ。













盛親も濃霧の中、舌打ちせざるを得なかった。

「相手は藤堂勢に御座います」
どうしてよりによって藤堂勢なのか。
戦わずにいられたらどんなに良かったことか。
その報告で盛親は青ざめた。



更にお互い思いもよらぬ近さにいたので驚いた。

負けるわけにはいかない。
せめて、あいつに会わなければ良い。

盛親は一度深呼吸をした。


濃霧を味方にした方が勝つ。
盛親は策を閃かせた。






霧が薄れあたりに日の光が射し込めた頃。

藤堂勢の死体があたりに転がっていた。
盛親は満足気にしつつも、周りの者に不用意に動かぬよう戒めた。
生き残った藤堂勢がまだ来る。
その中に見知った顔はもちろん多くいた。

十分に敵を引き付ける。
手に持つ采配を静かに前へ向けた。
それが進撃の合図。
「かかれ!」
どっと津波のように長曾我部勢が押し出す。


盛親はぐるりと視界をめぐらした。
大将はいずこにいる。

「・・・!」
瞬間、
盛親は息が吸えなかった。
視界が一点に集中した。
弥次兵衛がいる。

そして思わず、はき捨てるように笑った。
「・・・はっ」
その声が聞こえるはずも無いのだが。
「殿」
弥次兵衛が盛親を振り仰いだ。

周りの音が聞こえなくなった。
盛親は冷静に努めた。



俺の大将ぶりを見よ。

盛親は静かに笑みを向ける。
弥次兵衛は感極まったように震えていた。



あいつが味方でいればどんなによかったか。
彼にも守るものがある。
仕方が無い。
仕方が無いのだ。

相見えてしまった時から、どちらかが死ななければならなかったのだ。
共に死ぬことは出来ぬ。


「我は桑名弥次兵衛!討てるものなら討ってみよ!」
「おのれ旧主に刃を向けるとは!」
「裏切り者っ」
弥次兵衛は敵を翻弄するように馬を操りながらも、笑っていた。

「この弥次兵衛の働き、とくと見よ!」


弥次兵衛は馬からころげ落ち、そして周りの兵で見えなくなった。

討ち取られた・・・!
背負ったものを放り出して駆け寄ってしまいたかった。
あいつの名を叫びたかった。
裏切り者ではないんだと叫びたかった。


けれど今この長曾我部隊は。
完全に勝っている。
立ち止まってはいけない。

盛親はぐっと堪えて、ほぼ壊滅の藤堂勢を見て、兵を集めた。
隊を立て直すと再び攻めに攻めた。

「見よ弥次兵衛・・・!俺は、勝っているぞ」

その時。
「殿!井伊勢が!」
誰かが叫んだ。
「木村重成殿討死に御座いますっ」
悲痛な声も聞こえた。
盛親はそれをどこか遠くなことのように聞いた。
無表情に盛親は考えをめぐらせた。

このままでは孤立する。
家康の本陣につくことは出来ないか。

そう考えると盛親はすぐに退却を開始した。








又兵衛殿たちはどうなったのだろう。

そう思うこともありながら、盛親は城へ引き上げた。
城に入ってから、悲しさが込み上げてきた。
盛親は下唇を噛んだ。



その日盛親は、始終無言だった。









→4
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反転で呟き。
若さ故の。
2008.5.6